Member人物紹介

田中佛具店を彩る様々な田中たち。

田中雄太

Slave(former chief of Slave)Web designer, Writer, Director

Tanaka Yuta田中 雄太

劇作・演出家、本間正史氏に師事。 '95年、第41回全国高等学校演劇大会にて脚本・演出・主演の『ゆうたっちょの中学生絵日記』が最優秀賞、脚本賞受賞。 上京後の'97年に『美しく咲くなら』を上演。'00年には映像作品『ロードムービー(仮)』を制作。また演劇・映像等の活動のかたわら、中学校での演劇の指導にあたる。

'05年、STARMANに外部メンバーとして合流。企画や製作、'07年の『Soul intro and the Chicken』では演出を担当。 '09年に、越後妻有アートトリエンナーレ2009出展作品『しゃったぁず・4』を制作。本作品が芸術祭を皮切りに、各地の劇場・映画祭で上映される。また '11年には、KAIR(神山アーティスト・イン・レジデンス)で制作された『神山農響楽団』に映像監督として参加。

また、'01年ミュージシャンのオフィシャルサイト制作を行うことになり、ウェブデザインの仕事を始める。その後もFlash中心の個人サイト・企業サイトの制作を行うが、仕事は舞台・映像が中心で、制作は年に1〜2サイト程度にとどまる。'07年、フリーランスを辞め、一般企業で営業として3年ほど働く。

'09年、証券会社キャンペーンサイトの制作をきっかけに、再びフリーランスに戻る。同年、東京都から新潟県に移住し、官公庁・上場企業・中小企業のコーポレイトサイト・キャンペーンサイト等を手がける。制作は、iPhoneの普及やAS 3.0の登場によりFlash中心から、wordpress等のCMS、PHP・Perl・javascript・jQuery等のWebプログラミングに軸足を移す。同時期、折り込みチラシやポスター・商品カタログ等のDTP関連の業務も始める。

'12年、新潟県から埼玉県に移動。'14年、制作拠点を埼玉県から山形県に移す。13年ぶりに「田中佛具店」が山形に戻る。

その昔の、田中たち。

Tanaka Yoko田中 陽子

田中陽子

Big boss, Craftsman

仏壇・仏具の製造以外にも、寺社仏閣の修復なども手掛ける大親分。田中実の不在時には、職人達の中心となり田中仏具店をまとめ上げる。父・田中実から次世代を担う職人として期待され、巧みの技術を受け継いだが、'99年「やんだぐなった(方言でやる気がなく嫌になったの意)」の一言で、田中仏具店を一夜のうちに廃業させてしまう。もちろん現在もやる気はない。

Tanaka Yukiko田中 幸子

田中幸子

Craftsman, Kinpakuoshishi

主に金箔押師として仏壇佛具の制作に携わる。それ以外にも老舗企業や著名デザイナーなどの伝統工芸品、市のモニュメント制作などに金箔押師として関わる。田中仏具店を廃業させる際「もう手で作る時代ではない」と思い、反対する事なくあっさりと職人である事を辞める。その後、大型百貨店などで働いたりもするが、職人として働く事にはあまり興味はないらしい。

Tanaka Ei田中 エイ

田中エイ

Shop manager

旧・田中仏具店の店長さん。隣のお茶屋さんをはじめ、商店街のみなさまとは大の仲良し。おせっかいやきで何にでも首を突っ込みたがり、一言余計なのが玉に傷。店内は少々雑然としていたが、約三十年に渡り販売店を守り抜く。通勤の際は自宅から店舗まで2Kmの道のりを毎日歩いて通っていた。しかし市の道路拡張政策により店舗が道路に変わり、それを期に引退。

Tanaka Minoru田中 実

田中実

Chief of all the craftsmen

農家の末子として生まれ、幼少より木工職人の元で丁稚奉公として働く。'44年、田中製作所を立ち上げ、戦闘機の製造などに従事。戦後、田中仏具店に屋号を変え、仏壇佛具の製造販売を行う。職人として技術だけではなく、いち早く塗装の機械化を行うなどの先見性で、田中仏具店の全盛期を築く。しかし、幼少期に患った結核の影響で入退院を繰り返すことが多かった。1989年没。